第4章 アクエリアスの時代に起きる変革

 2節 世界戦争が集結する

 戦争、いつも人類はこの言葉と共に生きてきました。第二次世界大戦からはもう五十年以上もの年月が流れましたが、冷戦の集結と共に世界の各地で局地的な戦乱が相次いでいます。そして、多くの犠牲者と、貧しい難民と飢餓や伝染病に苦しむ子供達、本当に人類はこの忌まわしい戦争から開放される事はないのでしょうか。

 しかし、やがてこの戦争というものからも開放される時が来るのです。完全に戦争自体をしなくなるのは、数百年先の事になるようですが、世界戦争という規模での戦争はこれが最後となるようです。

 これが最後という戦争は、後の世に最終戦争とでも呼ばれるようになるでしょうが、この最終戦争が21世紀の始めに起こります。おそらく、2020年頃になると推定されますが、これまでには第三次、あるいは第四次の世界大戦が勃発しているかも知れません。

 これらの世界大戦は、おそらく旧ソ連と、ヨーロッパ、中国との争いと中東とヨーロッパ、アメリカとの争いが中心となるでしょう。そして、この時に朝鮮、中国と日本との戦いもあると思われます。
 それらの戦争ではあらゆる兵器や爆弾が使用されるでしょう。核兵器も再び使用される可能性があります。それは、主に旧ソ連とヨーロッパ、中国を破壊する事になると思います。大変、悲惨な戦争になるでしょうが、この戦争の結果、世界の勢力地図は大きく塗り変わるのです。

 現在(1994年)はまだまだ、アメリカが主導権を握っています。旧ソ連は分裂し、そのかつての国威はロシアがわずかに引き継いでいるだけです。ドイツは東西を統一し、新しい国として大きく羽ばたこうとしていますが、東の経済不況が重くのしかかっています。他のヨーロッパ諸国は衰退の途時にあるように見えます。もうかつてのような華やかな国も、先進的な国もありません。EUにより強いヨーロッパの経済連合を作ろうとしていますが、難問も多くその成否は微妙です。

 中東では相変わらずイラクはまだ健在です。湾岸戦争では少しも良いところがありませんでしたが、フセインはしぶとく逆転の機会を伺っているように見えます。そして、イスラエルとアラブ諸国との仲も世界のデタントの機運を受けていくぶん柔らかくなったような気持ちがします。
 アジアにも戦乱の火種は尽きません。南北朝鮮の会談を直前にした北朝鮮の金主席の死と北朝鮮の核疑惑から朝鮮問題は油断できません。

 そのほかにも、ハイチやキューバやアルゼンチンなどの中南米の諸国の紛争など数え上げれば切りがないほどに世界のいたるところで争いの元がくすぶっています。
 まさに、一触即発の状態に近づきつつあると言っていいでしょう。こうした険悪な世界の情勢と不透明な景気の先行きからいつも世界の何処かで戦乱があり、多くの被害が出ています。為替や市況も目まぐるしい動きを示し始めています。

 こうした現在の状況ですが、これから先、どのように推移するのでしょうか。
 整理して考えてみると、現在は世界中に戦乱の火種がくすぶっているという事実が一つある事ははっきりしています。そして、二番目には、世界の情勢の流れとしてはデタントの方へ、つまり、平和を促すような方向へと進みつつあるような情勢があります。湾岸戦争の時もそうでしたし、この度のハイチ侵攻も結局、他国籍軍の無血上陸となりました。旧ソ連が解体して、東西ドイツが統合して、それまでの世界の東西の冷戦状態は崩れ、平和に統合しようとする流れが確かにあります。

 そして、現在(1994年夏)までのところ、この流れはある程度の成果を残しています。アメリカ主導の元、大きな戦乱を回避して難民を救済する方向へ各国がある程度の援助や貢献をして、それなりの成功を納めています。日本の人々の多くは、世界の情勢の流れはこれからデタントの方へ流れていくものと思っているようです。
 確かに、この可能性は十分にありますし、現在までの情勢を見ていればその根拠はあります。しかし、この先、中東や朝鮮や旧ソ連や中南米、アフリカなど世界の各地で立て続けに戦乱が勃発してきたらどうでしょうか。現在のようなアメリカ主導の他国籍軍の軍事介入だけでは防ぎきれるものではありません。

 それと、大きなネックが生じる可能性が大にあります。それは、ヨーロッパです。ヨーロッパでは1995年頃を目安に経済を統合してしまおうとするEUの大きな変革の動きがあります。(1997年まで延期された)これが実現すれば、世界一の経済共同体が出来上がる事になります。日本などの経済に対抗するためにヨーロッパが連合を組んで経済共同体を作ろうとしているのですが、イギリスのサッチャーが反対したようにこの計画は賛否両論渦巻く中での大きな賭です。

 統合に成功して、自国が豊かになり、国民が幸福になれるのか、あるいは現在以上に、貧富の差が激しくなるのか、豊かな国と貧しい国とがはっきりと区別されるのかはやってみなければ結論がでません。そして、いずれの国も我が国の経済が発展する事を祈念しての参加であり、できればこの連合の中でリーダー的な地位を掌握したいと願っているのです。

 ところが、この利権のための統合計画は利権のため故に廃棄される可能性も多いにあるのです。考えても見て下さい。同じ国の中でも、東京や大阪などの商業や工業の中心となっている都市と逆に、山間部の不便な田舎では過疎が深刻化しています。こうした都市間の格差はやはり基本的な条件の違いによるもので何とかしたい問題ですが、ある程度やむを得ない問題でもあります。

 これが、連合経済になったらどうでしょう。現在の西ドイツのように経済的な中心都市に経済の主要な機能が集中していくのは必然です。そして、中心都市となり得ないところはどんどん過疎が進んで来ます。イギリスのような大陸から離れた国は輸送にしても通勤にしても不便ですから、普通はEUの中心地にはなり得ないのです。このために、サッチャーは反対したのです。イギリスはかえって没落する可能性が高いのです。結局、ドイツ一国にかなりの部分が集中する結果になるだろうと思います。

 もう既に共通の通貨まで造っていますが、この経済連合が成立するかどうかは余談を許しません。
 各国の意見がまとまらず、経済連合が夢に破れたとき、そこには利権争いの醜い争いが表面化する事になるでしょう。そして、現在以上に発展する見込みは無くなるわけです。夢敗れて争いが表面化するのです。悪くすれば戦争になるかも知れません。大げさに考え過ぎかも知れませんが、ヨーロッパ諸国は昔から争いあってきた間柄であったはずです。冷戦の間は直接、武器を使った戦争こそありませんでしたが、これらの国の間の関係はかつての戦争時代と少しも変わっていません。

 このようなヨーロッパの不和は多国籍軍にとっては大きな痛手になります。日本は現在のような優柔不断な政治家が政権を担当していますから、何事も先陣を切ってするはずもなく、実質的にアメリカ一国に頼るような状況となるでしょう。しかし、このアメリカにもしも、経済破綻、恐慌のようなものが起きたらどうでしょう。もう、外国の事に首を突っ込んでいる余裕がなくなります。

 世界は無法地帯と化すのです。あちこちで、これに乗じて侵略や侵攻が成されるでしょう。というのも、このころに多くの天変地異がみまうようになるからです。度重なる天変地異により国土は荒れ、食糧は不足し、飢餓に苦しむ難民が溢れます。そして、伝染病が流行し、多くの犠牲者を出すようになったら、こうした国々は食糧を求めて、富を求めて、隣国に侵略していくしか道が残されていないのです。
 世界的な友食いの時代が来ます。恐ろしい事です。弱肉強食の時代です。戦乱が絶えない時代が訪れる事になるでしょう。

 このような、世界の情勢とはうってかわって21世紀には人類が戦争から開放される可能性も残されています。それは、日本です。この日本の力によって、唯一の可能性が残されているのです。この現在のような日本では当然、無理です。この日本に今広がりつつあるこの真理と、これを悟った新人類の手によって日本が本当に真理国家として生まれ変わったならば、そこに強大な国力と莫大な財力と優秀な技術に裏付けられて日本が世界をその傘下に置き、その指導により世界の国々が真理国家となる道が残されているのです。

 ただ、これには奇跡のような意識改革が必要です。現在のように、自分の給料や地位の事ばかり考えている国民達ではどうにもなりません。国民がすべて他の国の人々の幸せを心から願えるようになって始めて可能な事です。
 これから日本に驚異的な発明や発見、経済発展などが起きてくるでしょう。そして、それらはことごとく真理の価値を誇示するものとなるでしょう。真理に則って生きる事がどれほど素晴らしい事であり、必要な事であるかを実証する世紀がくるのです。

 こうした価値を十分に知った人々が地球上を埋め尽くすようになれば、戦争などという愚かな行為は消えていって当然なのです。驚くような事でも何でもない、当たり前の事なんです。こうした可能性にトライアルする時代であり、またそれがかなりの確率で実現していくであろうと思います。
 この最後の戦いは最終戦争と呼ばれるでしょうが、これは単なる戦争であってはならない事も付け加えて置きたいと思います。戦争という殺人行為によって恒久的な平和は決してもたらされる事はないのです。戦争を止めさせるには戦争以外のもので、戦争がいかにバカげた愚かな行為であるかを思い知らせる以外に無いのです。それには、戦争によって相手を倒していたのでは、倒された相手はまた、いつの日かやり返してやろうと思うに決まっているのです。

 戦争以外の力で戦争を止めさせなければならないという事です。この力は愛以外にはないのです。愛の力で相手をも包み込む事によって憎しみは消え、親愛と友情が育まれるのです。愛の力で相手と戦う、まさに聖戦です。これを現実に成し遂げるにははるかに進んだ技術と、人々の勇気と生死を越えた愛が必要です。このような奇跡のシナリオが用意されている大いに意味のある激動の時代である事を知っておいて下さい。

※アクエリアス第4章「アクエリアスの時代に起きる変革」より抜粋

 トップへ戻る _